裸足ランニングはキャズムを超えられるか(つくばと福知山で何が起こったか)
つくばマラソンと福知山マラソンに多数の裸足ランナーが出走し話題となった。
Twitterの裸足ランクラスタの間では一時「祭り」状態のフィーバーがあった。
「裸足ムーブメント」「革命」とやや大袈裟な表現が飛び交った。
それは常に孤軍奮闘してきた裸足ランナーの仲間と共に走れる喜びと興奮の大きさの発露でもあった。
多数と表現したが、つくばマラソンでは7名(全出走者約16,000人)、福知山マラソンでは6名(全出走者約10,000人中)総勢13名と、まだまだごく少数のマイノリティーであることに変わりはない。
【最終報告】つくばマラソンの裸足ランナーは7名。うち1名は30km地点から参戦し完走。
— man@1/31奥むさし駅伝 (@man10000) 2015, 11月 23
【裸足フィーバー】福知山マラソン 裸足ランナー男性3名 女性2名の計5名が出走。男性の2名が3:16でゴールとの情報。
— man@1/31奥むさし駅伝 (@man10000) 2015, 11月 24
(*福知山は最終的には6名と裸足ランコミュニティーの情報あり)
いまから裸足ランニングをはじめてもまだ出遅れていない。
アーリーアダプターでさえない。
イノベーターで裸足ランニングをはじめられる。
つくばマラソンを3年連続で走ってみて、一昨年は1名+α、昨年は3名+αと年々増えており、おそらく福知山も同様であると思われる。
全国的にも全てのマラソンに裸足ランナーがいるというほどではないが、主要大会にはからなず数名の裸足ランナーがエントリーしている。
少しずつ裸足ランニングは広がりを見せているといっていいだろう。
そんな中、なぜつくばと福知山に裸足ランナーが集まったのか。
それは裸足ランナー同士の口コミで路面の舗装状態の良し悪しが伝わり、
記録の出やすさ、シューズランナーとフェアにレースができることが評判となってのことである。
シューズを履いたエリートランナーですら舗装の硬さや荒れ具合を気にする。
足裏ノーガード丸腰の裸足ランナーはさらに影響を受けるのは間違いない。
裸足ランナーがアスファルト舗装の良し悪しでレースを選ぶのはなにも足裏の痛みを回避しているからではない。シューズランナーと同じ土俵でフェアに競走したいと願うからだ。本来、路面状況で走りが変わりスピードが変化することは自然なことだが、シューズは良くも悪くもそれをないものとしてしまう。
— man@1/31奥むさし駅伝 (@man10000) 2015, 11月 26
裸足で走ると、沿道のたくさんの見ず知らずの人たちから熱烈な応援を受ける。
「裸足がんばれ!」
「はだし、すごい!」
沿道だけでなく周囲のランナーからもたくさん声をかけられる。
「すごい、尊敬します!」
「自分も少しだけ裸足で走ります。がんばって!」
今回はゴール後のランナーがこんなことを言っているのを何度か耳にした。
走り終えたランナーの「裸足に負けたよ。くやしい」という声がちらほら聞こえてくるw
— man@1/31奥むさし駅伝 (@man10000) 2015, 11月 22
裸足ランニングは様々なメディアで取り上げられ、
講習会ワークショップ等で普及啓蒙が行われている。
しかし日本国内では普及には程遠い状態が続いている。
実際レースで裸足ランナーの走りを目の当たりにし驚愕し、
ゴール後の足の裏のきれいさを見てさらに驚愕し、
帰りの駅までの歩行、階段でスタスタ走る姿に驚愕する。
その説得力が大きいと思う。
また最近の傾向として、元来アスリートとしてのポテンシャルの高いランナーが、
裸足になって好記録を残すようになってきている。
裸足ランニングはその人の可能性を最大化するので、
素質に恵まれたランナーが裸足ランニングに適応した時、
それは、誰もが認めざるを得ない偉大な数字として結果が必然的に残る。
これまで一般ランナーが主に愛好してきた裸足ランニングに、
エリート層のアスリートの中から適応する人が出てきはじめている。
今後この傾向はさらに加速していくだろう。
裸足ランニングは裸足であるからこそ導かれるそのフォームの効率性や安全性に担保された速さもさることながら、文明へのアンチテーゼなその存在そのものがエモーショナルな価値を帯びて見た者の記憶に残る。
— man@1/31奥むさし駅伝 (@man10000) 2015, 11月 24
このまま来年、再来年と裸足ランナーは増えていくのか。
それとも一部の熱狂的なマニアのみに伝承される秘伝の走りのままで終わるのか。
冒頭の写真のシューズのランナーは2人の裸足ランナーとスタート前に話しをして、
30km付近でシューズを脱ぎ裸足でゴールした。
もともとシューズでサブスリーの実力者。
来年のスタート地点に裸足で現れることは間違いない。