裸足で山を走るということ

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裸足で山を走る。歩く。

裸足で山を登り下りさまよう。

 

裸足で山へ行ってみると、

見えてくる景色、

聞こえてくる音、

全身の 皮膚で感じる触感。

 

山での体験そのものが、

これまでシューズを履いていた時のものとは、

まるで次元の違った濃厚なものに変化する。

これまでの山行はなんだったんだろうか。

 

山をこれほど感じていただろうか。

山をこれほど慈しんでいただろうか。

 

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 裸足登山に関しては以前のブログに書いた。

man10000.hatenablog.com

 

 

裸足で山に入ってまず一番最初に感じるのは、

シューズを履いた人たちの「靴音」だ。

裸足になると「靴音」がなくなり「足音」だけになるので余計に耳につく。

 

 

なぜ靴音がするのか。

それは靴底と地面がけんかして、こすれているから。

これにはハイカー、トレイルランナーの区別はない。

うまく歩けて走れている人は最小限の靴音。

そうでないその他大勢の靴音には酷いものがある。

山はコンクリートアスファルトではできていないので、

硬いグリップのよく効く山用シューズのソールで摩擦されたらひとたまりもない。

 

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このようにシューズを履くと大なり小なり繊細な自然を傷つけてしまうのだが、

足裏は厚く保護されているので本人はその自覚に乏しいのでタチが悪い。

走り方には細心の注意をはらう必要がある。

山行が自然破壊にならないためには、

最低でも裸足の走り方、歩き方でシューズを乗りこなすスキルが必要がある。

 

 

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そもそも山は神聖な場所であり、数多の山岳信仰の拠り所でもあった。

そこに土足で入り込み、シューズという人工物で踏み荒らしている ことを

もっとわたしたちは自覚するべきなのかもしれない。

 

 

 

裸足で山に入ると、とにかく会う人会う人に非常に驚かれいろいろと声をかけられる。

その結果、 途方もなくコミュニケーションが増える。

それもまた違った意味で裸足山行のたのしみになりうる。

 

 

みんな異口同音に裸足で山を歩く、走るなんてありえない、不可能というが、

ほんとうにそうだろうか?

私たちの先祖はどのようにして山を登り崇めてきたのだろうか。

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 極めて裸足に近い簡素なスタイルで山に入っていたことがわかる。

有史以前まで遡れば裸足で山にわけいっていてたであろうことは容易に想像できる。

 

 

 

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アベベは子供の頃から裸足で野山を駆け回っていた。

その事実をどう考え、どう行動に移すかだけが問題なのだ。